クリスチャンのブログ 小さな未熟者のブログです 神がおられるのに、どうして、理不尽な境遇の人が沢山いるのか

神がおられるのに、どうして、理不尽な境遇の人が沢山いるのか


パンダパンダ


神はいない、と言う人の主張として・・・、

「神は愛なり」と言いながら、この世には悪がはびこり、また貧しい国などでは子供が生まれながらにして酷い環境下に置かれ、飢えや病気で苦しんでるではないか!

不平等極まりない世界ではないか!

というのがあります。


聖書を紐解いてみましょう。


創造主である神は・・・・


旧約聖書 創世記1章26節~27節 

神はまた言われた、

「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。

神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。



神はご自身のかたちにかたどって、ご自分の似姿として、人をお創りになりました。


人は、神の奴隷でもなく、神のお創りになったロボットでもなく、

神の子供となるべき存在なのです。


だから人間は、自由に思い、行動でき、しかも何かを創りだす能力があります。

その自由なクリエイティブな能力を、神は人にお与えになりました。


神は、人間が物(それは、文字通りの物だったり、音楽、絵画などの美術品だったり、物語だったり・・・)を創造し喜ぶ姿をご覧になって、喜ぶおかたなのです。

いえ、何も創造しなくてもいいのです。

神様を愛する人が存在する、喜んで存在する・・・その存在そのものが、天の父の喜びなのです。

人と共に、喜びたいと、思っておられるのです。


ピリピ人への手紙 4章4節~

いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。

あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。

何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい



創世記にも、

創世記2章19節   

そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。

人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった。・・・


とあります。


神は、ご自身が「土でお造りになる」すなわち、この世(地球)にある素材でお創りになった動物や鳥などを見て、

人がどう驚くか、喜ぶか、どんなリアクションをするか、そして、どんな名前を付けるかを、

我が子を見守る親として、ワクワクする思いでご覧になっていた事でしょう。(私の次元で、神様の御心をイメージして恐縮ですが・・)


神は、そんな愛する人間に対し、たった一つ、戒めを与えられました。


創世記2章16節

主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。

しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。



つまり・・・犬や猫など、人間以外の生物は、善悪を知る木を食べていないし、それを食べる可能性もありませんでした。

人間のみが、善悪を知る木を食べる可能性があったのでした。

何故、人間のみが、取って食べると死ぬ木を食べる可能性があったのでしょう?

それは・・愛だと思います。



コリント人への第一の手紙13章13節

このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。


神は、何よりも愛を優位にされました。

信仰よりも、希望よりも、大いなるもの・・・それが愛です。

動物達にも愛があります。(過去にネコを飼っていたからよく判りますが、どのネコもみんな愛し愛される事を望む、愛のある存在でした)

愛に満ちた世界・・それが、天の父 神の霊に満ちた世界です。



何よりも優位にある愛・・・その愛の中でも、一番大切なのが、創造主なる、親なる神と人との「親子の愛」の関係です。

それが何よりも優先される愛・・・そうあるべきでした。


でも、神は人を愛するがゆえに、人が何を愛するか、また、何を最も愛するか を さえも自由にされました。

だから、人は神を愛するよりも、もっと違うものを愛する思いが大きくなる恐れも十分あったのでした。

具体的には、神が与えて下さった唯一の戒め、「善悪知るの木からは 取って食べてはならない」という戒めを、

人は、神を愛するがゆえに守るべきでした。

それなのに・・・その戒めを守らず・・・

罪が入り込んでしまいました。m(__)m


★アダムとエバは、現在の人類の一番初めの人間であり、それは、人類の根っことなるべき存在でした。

そのアダムとエバから、人類は限りなく美しい巨大な木へと悠久の歴史を通して成長していくはずでした。

その大事な根っこに、罪が入り込んでしまいました。汚れてしまいました。

神の戒めを守らず、神が完全であられるのに、その子となるべき人間は、不完全な存在になってしまったのでした。


★善と共に悪も内在し、成長して内部分裂をしながら今にも倒れそうな巨木となったのが、現在の人類の姿なのかもしれません。


★★★★



入り込んでしまった悪を、浄化する唯一の方法・・・神は、何度も試みられました。


ノアの時もそうでした。

方舟の摂理によって、この世は新しくなりましたが、セム・ハム・ヤペテというノアの息子達が、特に、その末の子ハムが、兄達を促してノアを尊重しなかったために、

また、悪が入り込んでしまいました。

具体的には・・・

ノアが裸で寝ているのを見て 後ろ向きにノアに歩み寄って父の裸を着物でおおい、顔をそむけて父の裸を見ませんでした。

アダムの時と同じように、大洪水後のノアは 神様の摂理の中で、罪のない存在、裸でも恥ずかしいと思わない、第2のアダムとしての存在・・・なので裸で寝ていたのだと思います。

そのノアの裸を見て、息子たちは顔をそむけた・・・すなわち、

偉大なる父親のノアを、堕落後のアダムのように見てしまいました。

ノアは、酔いがさめて、末の子が彼にした事を知ったとき、「カナンはのろわれよ。彼はしもべのしもべとなって、その兄弟たちに仕える」と言われました・・・

このカナンは、ハムの子孫のことです。



神様が指名されたモーセに率いられたイスラエル民族も、選ばれた恵みを受けながらも、不満を漏らし悪が入り込んでしまいました。


ダビデの子 ソロモンも、父ダビデに神が約束されましたので祝福されましたが・・・多数の異教徒の女性と結婚してしまいました。

etc,etc,・・・


何度も神は、人類の立て直しを試みられましたが、人類はその度に、自らに課せられた課題を全うできず、神を裏切ってしまいました。

そうして、最終手段として・・・


神は、罪のない、神のひとり子である、イエス・キリストを、この世におつかわしになりました・・・


三位一体(創造主なる神様・イエス様・聖霊様)なる神は、

神ご自身でもあるイエス様を、全人類の罪の贖いのための生贄として捧げ、

人類のためにとりなして下さいました。

究極の自己犠牲、究極の愛をお示しになられました。(涙)

そうしてイエス様は3日めに蘇り、死をも克服され、全てを勝利されました。


人は、そのイエス様を信じおすがりし、悔い改めて主を見上げ主と共に歩むことで(主に接ぎ木されることで)


神は、その人の全ての罪を許して下さり、神の子どもとして下さろうとなさっています。



現在、こんな酷い世の中になってしまったのは、悪があるからです。そうして、悪は終末に向けて、ますます増幅しています。



生まれながらに酷い状況下にいて飢えている子供達は、人類の負の部分を負って生まれてきたからかもしれません。


そして、神は、全てをご存知ですから、きっと、きっと、その可愛そうな子供達によく報いて下さる事でしょう。


天国への近道にそういう子供達はいると、私は思います。


でも、だからといって、それを他人事として放っておくのはいけないと思います。具体的にできるかたは具体的な事をしたり、

また何もできない状況下のかたは、せめて心から、その子達のために祈っていく必要があると思います。



終わりの時が近づいている今、


皆さん、どうか、イエス・キリストの十字架の救いを信じ、悔い改めて、神様のフトコロに抱かれる人に、なっていきましょうね!




ハネによる福音書 3章16節

神はそのひとり子を賜ったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。  



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